「頑張りすぎて苦しくなること、ありませんか」高校生のワタシはまさにそうでした。全部を完璧にこなそうとして、自分を追い詰めていた。そんな時に、父がかけてくれた言葉があります。
「まりちゃん、何かひとつ諦めな」私が高校生のときに父から言われた言葉です。もう何十年も立ちましたが忘れたことはありません。この言葉は私の教訓になっています。全部抱え込んでやり切ろうとしなくていいんだと思いました。高校生の私は何かひとつ諦めるってなんだろうって思った。今なら理解できます。父が私に言ったこの言葉は私の心を軽くし、生きやすくしました
高校生の時が一番楽しくて、学校を休むことなく通学していました。小学校が一番辛かったかもしれません。学校に行きたくなくて休んだこともありました。なんとなく小学生ながら生きづらさを感じていました。なんで毎日学校に行かないといけないのかなと思っていました。中学生の時に、好きな人ができて毎日会いたいから休まずに学校に行くことができました。そんな事で休まず学校に行ける自分って凄いな思いました。高校はとにかく楽しくて、勉強も自分がやった分は成績として結果がでるので初めて勉強がんばりました。テスト勉強するのも楽しかったです。クラスと学年で順位がでるので励みになりました。部活も週に3日あと残りの4日はアルバイトしていました。もちろん遅刻や早退なく過ごし、真面目に高校生活を楽しんでいました。
高校3年生のときに、暴風で自転車をこぐのに時間がかかり友達と同級生3人で遅刻。当時、遅刻したことがとてもショックで立ち直れませんでした。家に帰っても落ち込むばかり、なんて自分はダメな人間なんだろうか、遅刻するなんてとんでもないと食欲もありませんでした。「まりちゃん、何かひとつ諦めなよ」と父が私に言いました。明るいかんじで、そんなに抱え込まないでいいよって言ってくれました。全部完璧にやろうとするなって。勉強も部活も休まず、遅刻しないで全部完璧にやろうとしてた。自分では気がついてなかった完璧主義な自分。
父に「何かひとつ諦めな」と言われ、父の目に私はそういうふうに映っていたんだなと感じました。父がいうならそうなんだ。私、完璧に全部やろうとして頑張ってたんだ。遅刻したばかりの自分はまだ納得できていなかったけれど今なら理解できます。何か一つ諦める事で、心を軽くして生きる事ができる。自分には見えていない自分を家族は知っています。何か頑張り過ぎているときにいつもこの言葉を思い出します。何か一つ諦めても死なないし、完璧じゃなくていいんだと思える。日本人は頑張りすぎるから頑張っていることに気が付かない人も多くて、心身に症状がでてからやっと気が付く。
頑張り過ぎないで何か一つ諦める事を学びました。無理をしないでいられるようになりました。時々頑張ってしまう自分もいるけれど。
あの高校生の私に「大丈夫だよ」と言ってあげられる今の私は、少しだけ強くなれた気がします。完璧じゃなくても、ちゃんと生きていけると知ったから。
全部完璧にしようとして頑張っている人に届きますように。「何か一つ諦めなよ」